距離間隔が自分の行動を狭めていないか?
明日から、出張に行ってきます。本当は、福岡、大阪、名古屋と周る予定でしたが、急遽福岡がなくなり、大阪、名古屋と行ってきます。
僕は、距離感覚については、大らか(悪く言えば、鈍感)な方です。
例えば、今夕方の6時ですが、今から「札幌にご飯食べに行こう」と誘われても、
予定が空いていれば、苦にならず行くことができます。
車を運転する時もそうです。
休みの日の午後に思い立って、そこから新潟辺りまで運転していくことも何の苦にもなりません。
多分、普通の人の県内の移動ぐらいの感覚が、僕の日本国内を移動するぐらいの感覚だと思います。
(実際、札幌なんて、90分で行きますしね)
元々旅好きで、子供の頃から遠くに良く行っていたので、
そういった感覚が身についているのだと思いますが、
こういう感覚を身につけていることは良かったと思っています。
僕は、会いたい人がいたり、受けたいセミナーがあれば、
あまり距離を考えずに、大阪であろうが、福岡であろうが、広島であろうが行きます。
「距離が遠いから」ということがネックになって断念することはありません。
僕の中では、この感覚は自然なものだったのですが、
周囲の人に聞いてみるとそうでもないようなのです。
僕が、「おもしろいセミナーが大阪であるから行こうよ!」などと誘うと、
多くの人から、「え~、大阪。セミナーのためにそんなところまで行けないよ」という答えが返ってきます。
そんな人を見ながら、僕は心の中で「この人は損してるなぁ」といつも思っています。
距離に制約なんてつけて、自ら態々、何で小さい世界に留まってしまうのだろうかと思います。
確かに、移動時間とか面倒かもしれませんが、
その時間で読書も仕事もできますし、
車窓からの景色の移り変わりで、地方の文化を感じたり、五感を刺激されることが多くあります。
また、遠くから来たというだけで、相手には相当印象づくらしく、
結果的に良い人間関係が作れたりもします。
皆さんにも、距離感覚が鈍感になることをお勧めします。
移動すると、お金もかかりますが、金銭感覚にもある程度は鈍感な方が
結果的に、良い出会いや、良い気づきに出会え、人間的に豊かになっているような気がします。
お金に関しては、僕は、「ちょっと損した」ぐらいの感覚でお金を使うのが、
一番、人間的に豊かな生活が送れるような気がしてます。
そのためには、ちょっと損しても生活できるだけの生活基盤を作らないといけないのですが、
それには、仕事をがむしゃらに頑張るしかないのではないでしょうか?
がむしゃらに頑張るには、それ相当の楽しさと使命感を感じられる仕事と巡り会うことだと思います。
めぐり合うためには、人のせいにしないで、自ら能動的に見つけていく活動をすべきだと思います。


















